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大阪高等裁判所 昭和33年(ラ)267号 決定

債権者・抗告人 国

訴訟代理人 藤井俊彦 外一名

債務者・相手方 神戸いすゞ自動車株式会社

抗告申立書

前記当事者間の神戸地方裁判所昭和三三年(ヨ)第三五八号仮処分命令申請事件について、同裁判所は同年九月一一日先記のような決め定をなし、同決定は同月一二日抗告人に送達せられたが、不服であるから本件抗告に及んだものである。

原決定の表示

本件仮処分申請を棄却する。

申請費用は債権者の負担とする。

抗告の趣旨

原決定を取消す。

債務者は、別紙表示の自動車につき、譲渡抵当権の設定その他一切の処分をしてはならない。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、原裁判所は(抗告人の仮処分申請を、仮処分の必要性を裏付ける証拠がないことを理由として棄却されたが、この判断には承服できない。本件申請の必要性はつぎのとおりである。

(一) 相手方は、抗告人が大谷正男に代位し同人に本件自動車の登録名義を移転するように求めてもこれに応じない。

抗告人の被保全権利は、抗告人が大谷正男に対して有する損害賠償請求権であり、その権利の保全のため同人が相手方に対して有する自動車登録請求権を代位行使するものである。

しかしながら、抗告人の請求に対して、相手方は大谷正男本人が申出れば格別、抗告人よりの求めによつては登録手続に応じないのである。

原決定は、「債務者としては本件仮処分申請の被保全権利たる右自動車の所有権移転登録請求権の満足にはむしろ協力的であるといえるのである。」と判示せられるが、相手方は抗告人の、大谷正男の権利を代位行使する前提としての照会に対する事実の回答には協力的であるが、登録の移転については大谷正男本人に登録を移転する意思がある旨を表明しているに過ぎず、既に自動車検査証は自動車と共に同人に引渡済でもあり、抗告人のする代位登録の申出に応ずると言つているのではない。従つて抗告人の立場から言えば、大谷の権利を代位行使するのに対し、相手方は協力しないのである。(であるからこそ抗告人は本件仮処分を申請しているのである。)しかるに、相手方は大谷正男自身の申出には何時でもこれに応ずるのであつて、また大谷正男は抗告人に対し自己の財産を隠匿しようとしているのであるから、抗告人不知の間に、本件登録名義を自己のものとした後これを第三者名義とするおそれがあると共に、相手方に自動車検査証を返還のうえ、直接これを第三者名義としようと依頼する虞もある。このような場合に、相手方としては、この依頼に応ずるであろうと考えることは充分根拠のあることである。何となれば、物件の売主は買主の依頼により中間省略登録の方法に代えて直接買主の指示する第三者へ所有権が移転したかのような移転登録手続をすることは往々にしてあるところだからである。たとえ相手方が原決定のいうような「悪質な会社」でなくても取引先たる大谷正男の依頼があれば、これに応ずることは、取引関係ある者としてあり得ることである。これを抗告人が防止し、第三者に対抗するためには登録原簿上に、処分禁止の仮処分のなされていることを公示する必要があるのである。

(二) 相手方は登録を第三者名義とする手続をしようとしている。本件自動車は、昭和三一年三月一五日の相手方と大谷正男との月賦販売契約に基づき、同三二年三月二五日大谷正男の所有となつたけれども、同人は相手方に対し右売買代金とは別途の、金二五万円余の債務を負担していたので、右代金弁済の上は、本件自動車の登録名義を同人の妻大谷つるゑに移転するよう申入れ相手方の承諾を得た。従つて、その弁済さえなされるならば、相手方は何時で大谷つるゑにその旨の移転登録をなす意向である。而して本件自動車の検査証の有効期間は昭和三四年三月一四日であつて大谷つるゑがこれを所持しており、譲渡証明書は相手方にあるのであるからその登録はなんどきでも可能である。

そうだとすれば、本件仮処分申請の必要は原決定のいうように「単なる杷憂」どころではなく、まさに、抗告人の債務者たる大谷正男の財産隠匿行為のために、第三者にその登録名義が移転されようとしているものであるから、抗告の趣旨記載の如き決定を求める次第である。

二、なお、原決定は傍論に於て、本件は抗告人より大谷正男に対し、同人が相手方に対して有する自動車登録請求権を仮差押するのが適切な手段であると説示せられるが、この見解にもまた承服できない。何故ならば、

(一) 自動車の移転登録請求権を所有権から分離した場合には、その請求権自体の譲渡性も換金性もいづれも認められない。ところで、仮差押は金銭の債権又は金銭の債権に換えることができる請求について動産又は不動産に対する強制執行を保全するためにするのであるから、その対象となるべき動産又は不動産は、それ自身で他に処分せられ得る独立性と金銭的に評価できる換金性と当該権利者以外の者が行使しても差支えのない譲渡性を有していなければならない。そうでなければ仮差押せられた動産又は不動産によつて金銭債権又は金銭債権に換えることができる請求権の保全をはからうことは無意味である。従つて原決定の判示せられるように本件自動車の移転登録請求権を差押えても、本案判決確定後、強制執行をすることは不可能であつて、抗告人の債権の満足を得ることはできないのである。

(二) 抗告人が、本件に於て、大谷正男の相手方に対して有する移転登録請求権の代位行使に着手し、この旨を大谷正男に通知すれば、同人は該権利の管理処分権を奪われるのであるからあえてこれを仮差押する必要はない。抗告人の目的は、債権の満足を得るために、大谷正男の自動車所有権が第三者に譲渡され、その登録名義が第三者名義とされたり、抵当権その他の担保物件の負担が新たになされ、その登録がなされないようにするにある。その保全のためには現在の登録名義人に対し抗告の趣旨記載のような仮処分命令を得るのが最も適切であり他に方法はないものと考える。

三、以上の次第であるから原決定は取消さるものであるなお、本件仮処分申請は昭和三三年八月一五日になされ、原決定が遅延したため申請時より既に一ヵ月以上を経過している。大谷正男は抗告人の申請を察知しており、何時登録名義を第三者に移転するための措置を講ずるやも図り難く相手方が之に応ずるおそれのあることは既述のとおりであるから速かに抗告の趣旨どおりの裁判を賜りたい。(昭和三三年九月一五日付)

添附書類〈省略〉

主文

原決定を取消す

相手方は別紙目録表示の自動車につぎ譲渡賃貸抵当権の設定その他一切の処分をしてはならない。

訴訟費用は第一、二審共相手方の負担とする。

理由

抗告人が本件仮処分申請の理由として主張するところは原決定理由に於て摘示するところと同一であるからここに引用する。抗告人提出の各書証により本件仮処分申請の被保全権利の存在並に保全の必要性が認められるから本件仮処分申請はこれを認容すべきものとしこれと異る原決定を取消し訴訟費用は相手方が負担すべきものとして主文の通り決定する。

(裁判官 田中正雄 観田七郎 河野春吉)

自動車の表示〈省略〉

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